小倉あん発祥の由来Legend
日本で初めて小豆と餡が炊かれたのは、平安京ができて間もなくの八二〇年頃のことであります。 当時、この辺り小倉の里(京都 嵯峨・小倉山麓)に和三郎という人がいて、八〇五年に空海が中国から持ち帰った小豆の種子を栽培し、それに御所から下賜された砂糖を加え、煮詰めて餡を作り、これを毎年御所に献上しました。この和三郎の努力で洛西を中心に小豆が広く栽培され、江戸時代には茶道の菓子となり、又一方では祝飯として、ハレの料理にも加えられるようになりました。和三郎は承和七年二月二日(八四〇年)になくなりましたが、その子孫並びに諸国同業者の人々がその功績をたたえて、小倉中字愛宕「ダイショウ」の里に一社を建て、朝廷の允許を得て、屋号が亀屋和泉でありましたので、和泉明神としてまつられるようになりました。
