元祖小倉あん入り生八ッ橋 歌舞伎銘菓 夕霧 なま八ッ橋

小倉大納言でさらにおいしく進化しました。

京都 嵯峨野 小倉大納言

小倉大納言と小倉餡の由来
今から約一二〇〇年前に、空海が唐から持ち帰った小豆は、京都 嵯峨・小倉山の麓のあたりで栽培されました。その後、亀岡馬路、丹波地方へと伝わり丹波大納言と呼ばれるようになったと言われています。その大納言を小倉に里帰りさせ大粒で、皮が柔らかく、味と香りのよい「小倉大納言」を現代に蘇らせました。

歌舞伎銘菓「夕霧」の由来

『夕霧』は、井筒八ッ橋本舗発祥の地が祇園・南座前であることから、五代津田佐兵衞が歌舞伎役者の林又一郎らと相談し、歌舞伎にちなんだ上菓子として考案致しました。その歌舞伎とは、実在した夕霧太夫と恋人・藤屋伊佐衛門を描いた「廓文章」です。商品名は主人公の夕霧太夫から名付け、小倉あんを包む生八ッ橋の形は伊佐衛門が持つ編笠をかたどりました。昭和二十二年、つぶあん入り生八ッ橋の草分けとして発売された商品です。

夕霧大夫について
生年不肖~延宝六年(一六七八年)太夫は、あらゆる技芸に才能がある最高位(松の位)の遊女のこと。京都や大阪の廓で名を馳せますが、二十代の若さで生涯を閉じました。写真は二代目夕霧太夫・中村芳子。※中村芳子…初代中村鴈治郎の長女

詳細はこちら

詳細はこちら

▲ このページの先頭へ