
- 八橋検校
慶長十九年(1614年)~貞享二年(1685年) 盲人の職の組織「当道座」で最高位を表す「検校」に就き、筝曲「六段の調べ」など数々の名曲を生み出した人物。
八ッ橋の由来は、箏曲八橋流(そうきょくやつはしりゅう)の創始者・八橋検校(やつはしけんぎょう)にあります。
江戸時代、京都で作曲の日々を送っていた検校さんは、日頃からものを大切にしていました。そのため、米びつに残るわずかな米をも貴いものと考え、残った米で堅焼煎餅をつくるよう教えたといいます。検校さんがその生涯を閉じた後、彼の遺徳を偲んでつくられた琴の姿の堅焼煎餅は、京都の茶店で人気を博しました。それが「八ッ橋」と呼ばれるようになり、今に伝わる『井筒八ッ橋』の原点となったのです。
検校さんの命日にあたる6月12日に、京都・黒谷 常光院(通称 八はしてら)にて、その遺徳を偲ぶ法要を昭和24年から毎年営んでおります。

- 八橋検校の墓

- 常光院(通称八はしてら)





